さよならオレンジコーヒーメーカー

二か月ぶりに部屋に入った。

 

玄関付近に、ガラスのボウルに入れてあった水晶とフローライトのさざれ石が落下して、ガラスとともに散らばっている。

 

もしかしたらここはスピリチュアルな空間かもしれない。

 

そんな自分の考えに半ば呆れながら、電気のつかない部屋で目を凝らすと

 

コーヒーメーカーが「またも」変わり果てた姿で転がっていた。

 

お前は、お前はまたも痛手を受けたのか。

 

前震の時に落ちたから、安全な場所へと移動させたというのに。

 

四月にこの部屋に入居した僕に両親がくれたプレゼントだというのに。

 

彼はなにも語らずに、

 

ただただ内部のフィルターに残っていた珈琲の粉をぶちまけていた。

 

ぱっと浮かんだ。

 

「いらっしゃいませ。ここはスピリチュアルカフェFUJIWARA

 

「コーヒーの香りと、パワーストーンが持つスピリチュアルな空間で貴方の日頃の…」

 

僕は阿呆なことばかり浮かぶ頭を少々乱暴に掻き毟った。

 

あなたつかれてるのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレンジ色のコーヒーメーカー。

 

最初にコーヒーを淹れた時、僕は子供がおもちゃを与えられたみたいにまじまじと彼を見た。

 

「シュシュシュシュ…ゴポー…」

 

部屋に新しい「生命体」がいるような心地。

 

この音を聞きながら、キッチンで座っていることも存外わるくはなく、

 

むしろ「癒し」の時間だったと言える。

 

しかし、彼のコーヒーは至極うすかった。

 

その問題は僕にある。慣れていないのだ。

 

粉の量や水の量など、規定通りに入れたとしても、何かが違う。

 

強制的「アメリカン」だと思うことにして、

 

いつか彼でおいしいコーヒーを淹れてやろうと思っていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかごめんな。もっとお前といたかったよ」

 

僕は少しだけ泣きそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消耗品がありふれているし、どうせなにかしらの形で、いろんなものに別れはくるのだ。

 

別れは、くるのだ。

 

それが突然だとしても、それを受け止めていかなければいけないらしい。

 

悲観して泣き喚き狂おうとも、明日は案外晴れだったりする。

 

もしかしたら、明日は誰かの誕生日かもしれない。

 

世界は自分が思っているよりずっと、僕のことを置いて回っているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さよならオレンジコーヒーメーカー。

 

君は無機物だったけど僕は君を気に入っていたよ。

 

さよならオレンジコーヒーメーカー。

 

またどこかで。

 

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