クレーマー【漫才】-I love your smile. So I want you to smileー

 

クレーマー

A:はい、どうも、よろしくお願いします~!

B:はいお願いします~はいはい。

A:いや、クレーマーの人の対処法って大変やんなぁ

B:いや突然ですねこれは。まぁまぁ、大変ですよそりゃ。

A:やからさ、ちょっとやってみたいねん

B:…お前ってMやったん?

A:は?なんで?

B:だってそんな過酷なことやってみたいって…

A:ちゃうやん、もしやることがあったらって練習やんか!

B:あぁ練習かい

A:うん、練習、だからお前クレーマーとしていちゃもんつけてきて、俺それを対処するから

B:どこでやんの?

A:ファミレスでいこう

B:ファミレスのどこ?ガスト?ロイヤルホスト

A:なんでその二択やねん!

B:だってそれ以外知らんもん

A:どこでもえぇねん、とりあえずファミレスや!

B:なんやねんもう…

A:お前が頼んだ料理に虫がはいってて、でもそれ嘘でな、料理タダにしてもらおうってやつ、これでいこ。

B:えらい設定細かいな、めんどくさい…

A:えぇからやって!

B:はいはい…ちょっとどうなってるんですか!

A:お客様、どうされましたか?

B:この料理に虫はいってたんですよ!

A:それは大変申し訳ありませんでした、すぐに取り替えます

B:それと、この虫の名前なんですか!気になってしゃあないんです!

A:…知らんわそんなん!そっちで用意したんやろぉ!

B:うぅわ客に対してその発言!これは料理ただにしてもらわんとあかんな!

A:いや、ちゃうやんちゃうやん、ストップストップ…。

B:はい?

A:だから、虫はお前がいれたんやって

B:自分で虫なんかいれへんよ、気持ちの悪い…

A:入れんの!

B:入れへんわ!

A:…ああ、もうわかった、俺クレーマーするから、お前店員やれ、見本みせるわ

B:見本とかいらんよ、俺ちゃんとできるもん

A:できてへんから見本みせるんやろ!

B:できて…

A:ないねん、ちょっとどうなってるんですか!

B:こうなっております

A:どうなってんねん、ちゃうやん、どうなされましたか、やろ!

B:どうなされましたか

A:この料理に虫はいってたんですよ!

B:こちらサービスのトッピングでございます

A:そんなわけないやろ!

B:サービスやんか、喜べや!

A:そんなサービスいらんわ!

B:なんっやねん!

A:サービスとかやなくて、

B:あ、有料?

A:ちゃうわ!どこに有料で虫足す奴がおんねん!

B:でもイナゴとかあるやん、食べられる虫。

A:いやあるけど!今はそうじゃないねん、クレーマーやから!

B:わかってるって

A:わかってへんわ!

B:なにがやねんさっきから文句ばっかり!お前のほうがクレーマーやんか!

A:なにがクレーマーやねん、お前がちゃんとやれへんからやろ!

B:ちゃんとやってるわ

A:やってへんわ!

B:…クレーマーのひとって自覚ないねんてなぁー

A:だからちゃうって、あぁ、もう!

B:なに怒ってんねん、俺ちゃんとしてんのに。

A:ちゃんとしてへんから怒ってんねん!

B:イライラすんなや。

A:誰のせいや思ってんねん!

B:あ、イナゴってカルシウムあるみたいやで、トッピングする?

A:いらんーー!もうえぇわ!

A,B:ありがとうございました!
 
 
倉庫からひっぱってきた(数年前 漫才です。
 
また漫才も書けるようになるといいですなぁ(願望

さよならオレンジコーヒーメーカー

二か月ぶりに部屋に入った。

 

玄関付近に、ガラスのボウルに入れてあった水晶とフローライトのさざれ石が落下して、ガラスとともに散らばっている。

 

もしかしたらここはスピリチュアルな空間かもしれない。

 

そんな自分の考えに半ば呆れながら、電気のつかない部屋で目を凝らすと

 

コーヒーメーカーが「またも」変わり果てた姿で転がっていた。

 

お前は、お前はまたも痛手を受けたのか。

 

前震の時に落ちたから、安全な場所へと移動させたというのに。

 

四月にこの部屋に入居した僕に両親がくれたプレゼントだというのに。

 

彼はなにも語らずに、

 

ただただ内部のフィルターに残っていた珈琲の粉をぶちまけていた。

 

ぱっと浮かんだ。

 

「いらっしゃいませ。ここはスピリチュアルカフェFUJIWARA

 

「コーヒーの香りと、パワーストーンが持つスピリチュアルな空間で貴方の日頃の…」

 

僕は阿呆なことばかり浮かぶ頭を少々乱暴に掻き毟った。

 

あなたつかれてるのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレンジ色のコーヒーメーカー。

 

最初にコーヒーを淹れた時、僕は子供がおもちゃを与えられたみたいにまじまじと彼を見た。

 

「シュシュシュシュ…ゴポー…」

 

部屋に新しい「生命体」がいるような心地。

 

この音を聞きながら、キッチンで座っていることも存外わるくはなく、

 

むしろ「癒し」の時間だったと言える。

 

しかし、彼のコーヒーは至極うすかった。

 

その問題は僕にある。慣れていないのだ。

 

粉の量や水の量など、規定通りに入れたとしても、何かが違う。

 

強制的「アメリカン」だと思うことにして、

 

いつか彼でおいしいコーヒーを淹れてやろうと思っていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかごめんな。もっとお前といたかったよ」

 

僕は少しだけ泣きそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消耗品がありふれているし、どうせなにかしらの形で、いろんなものに別れはくるのだ。

 

別れは、くるのだ。

 

それが突然だとしても、それを受け止めていかなければいけないらしい。

 

悲観して泣き喚き狂おうとも、明日は案外晴れだったりする。

 

もしかしたら、明日は誰かの誕生日かもしれない。

 

世界は自分が思っているよりずっと、僕のことを置いて回っているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さよならオレンジコーヒーメーカー。

 

君は無機物だったけど僕は君を気に入っていたよ。

 

さよならオレンジコーヒーメーカー。

 

またどこかで。

 

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僕と地震とそれからそれから。

地震が起こった。

 

暗い部屋でぎし、ぎしと響く音。

 

ガシャン、何かが落ちた。

 

揺れるアパート。

 

パニックになって頭を抱えて、わぁわぁ喚く。

 

それしかできなかった僕に、

 

つけっぱなしのNHKの、

 

アナウンサーが緊迫してしゃべる。

 

熊本県震度7の…」

 

それが熊本地震の前震だった。

 

 

次の日、僕はお気に入りの場所にいた。

 

自分の大学、東海大学阿蘇キャンパスから一番近いコンビニエンスストアのカフェスペースで朝食をとり、

 

森の中に入って植物や猫の写真を撮り、

 

カフェでブラックの珈琲を飲んだ。

 

じっとしていられなかった、じっとしているのが怖かった。

 

そもそも、部屋にひとりでいることが心底怖かったのだ。

 

外の空気を吸いたかった。

 

阿蘇村には、いつもと同じ風が、僕の髪を撫でるように吹いていた。

 

僕はその日の夕方、通院の為に実家に帰った。

 

飛行機の中で思うことはひとつ。

 

熊本は大丈夫だろうか。

 

これ以上大きな…

 

いや。そんなことは。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に、世界は残酷だ。

 

 

 

 

 

 

 

溢れるデマと、錯乱する報道。

 

それでも雲は流れるし、テレビでは笑い声が、実に楽し気に響いていた。

 

未来などないと思った。そんな先のこと考えられるわけなかった。

 

頭がいっぱいいっぱいになって、なにもできない遠い地域の自分を心の底から呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「募金活動をしよう」

 

 

 

 

 

 

そう思い始めたのが5月頃だった。

 

僕は病気の関係で、ボランティアに参加することができない。

 

非力な人間は、現場では足手まといなだけだ。

 

それでもできることがあるのではと、通販をはじめた。

 

そして売り上げの半額を日本赤十字社様に寄付をした。

 

それこそエゴかもしれないし

 

自己満足かもしれない。

 

通販商品製作費分を寄付すれば?

 

なんて、聞こえてきそうでもあった。

 

熊本の為になにかをしたいと思う気持ちも当然あった。

 

だけれど、僕は生きていたかった。

 

生きる理由が欲しかった、なにかに縋っていたかった。

 

絶望的な現状から

 

どうにかして生き残りたかった。

 

ここでおわってしまわないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月くらいになって、僕はしっかり作品を作ることができるようになった。

 

詩や川柳、短編小説、勿論短歌も作ることができた。

 

その他にもデザインをやってみたり、入院生活をしてみたり。

 

初めてのライブの予定も入れた。

 

時間はとても残酷で、

 

時間はなによりの薬だと思った。

 

不謹慎だと言われれば、僕は口を閉ざしてしまう。

 

けれども、僕は生きて残したかった。

 

写真でもいい、なんでもいい。

 

あの地震の記憶を。あの場所で確かに僕は生活し、

 

山の香りを友にして勉学に励んでいたことは、

 

どんな自然災害が起ころうとも、それは

 

なかったことにはならないのだから。

 

 

 

 

 

 

新生活は不安だらけだ。

 

路面電車ががたごと走って、

 

踏切がカンカン鳴っていて、

 

新居の電球は入居初日に切れてしまって。

 

けれども嬉しいんだ。

 

とても。

 

また講義が受けられるのだ。

 

教授に質問ができるのだ。

 

あの空間にいられるのだ。

 

「神様は乗り越えられない試練は与えない」

 

と誰かがいった。

 

だとしたら、神様貴方はとんでもなく酷です。

 

確かに失ったもの、

 

えぐるような胸の奥の方の傷。

 

それを乗り越えたらなにが見えますか、何を見せてくれるのですか?

 

それすら教えてくれない神様、貴方はいじわるが過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新居でバドワイザーというビールを飲んだ。

 

とても、とてもおいしかった。

 

いいビールを教えてもらったと思った。

 

またここで飲もうと

 

そう思った。

 

 

ーーー以下写真は一部ショッキングなものが含まれます。ご注意くださいーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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土砂崩れ。阿蘇大橋は跡形もなかった。

 

 

 

 

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約2か月ぶりの自室。本棚の本は全部放り出され、ロフトベッドのはしごが部屋の端まで飛ばされていた。右に見えるのが予備のベッド。これも倒れていた。

 

 

 

 

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少し前に撮った講義室。この席がとてもすきだった。